あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。
by マザー・テレサ
絵本を見ているときの子どもって、
ストーリーとはまったく関係ないところで
反応したりしますよね。
「あ、風船」「あ、にわとり」とか言ってね。
ストーリーとはまったく関係ないところで、
楽しむ才能を持ってる人たちなんです。
たとえば絵本のすみっこに、
牛が顔を出してる絵がちいさく描いてあったら、
子どもがそこを指さした瞬間に
ショートストーリーが始まって終わる、という。
大人は「ちゃんとぜんぶ読みなさい」とか言うんだけど、
彼らには彼らの流儀があるんです。
本棚から絵本を引っ張り出してきて、
1ページだけ開いて
自分の大好きな「めだか」のちいさい絵とか、
それだけを確認したら、はい終わり、みたいな。
絵本との付き合い方って
それでいいんじゃないかと思うんですよ。
「あのめだかに会いたい! あ、いたっ!」
で、本棚に戻す(笑)。
ストーリーなんかどうでもいいやと。
ぼくはね、そう思います。
かっこいい
(via uessai-text)
絵本との出会いは,かように,本当に自由であるべきだと思う.特に保育園のころ,背景に小さな飛行機を見つけて喜んだ記憶があるものとしては.
(via takot)
絵本ってノンリニアなんだね。当たり前だけど。
(via nakano)
(via otsune) 2009-08-14
(via ppparallelll)
紙の書籍を読むときは、「最初のページから読み始めて、最後のページで読み終わる」と当たり前のように思ってしまいがちだけど、これは紙の書籍がそういう読み方をアーキテクチャのレベルで規定しているからに過ぎないのであって、別にそうやって読まなければならない必然性は実はどこにもないし、書き手もそれを絶対視する必要は無い、はずなのだけど、あまりそうはならない。
上述のケースの場合、「最初のページから読み始めて、最後のページで読み終わる」作法を知らないから、子どもは絵本をパーツごとに分離して読むことを可能にしている。で、絵本の感想も、その絵本に書かれていることを最初から最後まで網羅したシナリオ通りに解釈する必要も無いので、パーツごとの感想や、そこから勝手に連想した内容を話すことになる。
紙の書籍でも、たとえばゲームブックの類はパーツごとの分離を意図的にやっているし、哲学書だと前期ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は今でいうところのHMTL的なマークアップ言語に似た構造を持っている。だから、「最初のページから読み始めて、最後のページで読み終わる」作法を逸脱した作品を紙をベースに書くことは不可能ではない。
なんでこんなことをつらつらと書いているのかといえば、おそらく今後電子書籍が一般化すると、子どもでなくとも、本を「最初のページから読み始めて、最後のページで読み終わる」ものではないものとして認識するようになるから。
(via pipco, -bluemagic) (via infinity-d) (via kanpo0324) (via appbank) (via hearts999)
そこにたどりつこうとあせってはいけない。
「そこ」など、どこにもないのだから。
本当にあるのは「ここ」だけ。
今という時にとどまれ。
体験をいつくしめ。
一瞬一瞬の不思議に集中せよ。
それは美しい風景の中を旅するようなもの。
日没ばかり求めていては
夜明けを見逃す。
「『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…
近道した時、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。
大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている。
向かおうとする“意志さえあれば”いつかはたどり着くだろう?向かっているわけだからな
…違うかい?
『ジョジョの奇妙な冒険』 アバッキオの先輩警官
暇人\(^o^)/速報 : 年齢を重ねてわかったこと その2 - ライブドアブログ (via rcx1990)
だいじ
(via omanchi)これまではパソコンを使えない人が多く、また、高価なので特定の層以外は i-mode や ez-web がインターネットでしたが、今はスマートフォンから手軽にネットに触れられるようになりました。
こうした時代の変化とともに生み出されたのが“ネットが使えるバカ”でして、彼らが普通にインターネットを利用する分には何の問題もないわけですが、ネットについての基本的知識が欠けているためにたびたび問題行動を起こしていまいます。
そして日本のインターネットは他人にとっても厳しい世界なので、呑み屋では苦笑いで聞き流される話でも、ネットに書き込んだとたん住所、氏名、年齢、顔写真、そして勤め先などありとあらゆる個人情報がネットユーザーの“娯楽の結果”として暴き出されていきます。
■ レベル1
「いいね、これ!」という情報に出くわしたら「すごい!」と感心して終り。
■ レベル2
「いいね、これ!」という情報に出くわしたらブログに書く。情報は発信する人に集まるのです。
■ レベル3
「いいね、これ!」という情報に出くわしたらまずそれを検索。すると自分より情報感度の高い人(自分より先にそれを見つけていて、さらに情報発信している人)が見つかります。その人がブログを書いていたり、ブックマークを公開していたら、速攻フレッシュリーダーに登録。そのあと、その人の記事を読んで自分の意見も踏まえてブログに書く。
■ レベル3の続き
レベル3で見つけた人のブログを見つつ、タイミングを見計らってメールでナンパ。実際にお会いしてメッセに登録。メッセというインスタントメディアで何かを議論できる価値はプライスレス。
「これは頭痛に効く薬です」
そういって、砂糖のかたまりで偽薬をつくって
頭痛の人に飲ませると
ある一定数の割合で、頭痛がなおってしまう。
これがご存知プラシーボ効果。
人のイメージ力は、いい意味ですごい。
「この霧にはアレルギー物質が含まれています」
そういって、アレルギーの人に
ただの水蒸気を吹きかけると
咳が止まらなくなってしまうという。
これが逆プラシーボ効果といわれるノセボ効果。
人のイメージ力は、悪い意味でもすごい。
あなたは、都合のいいことを信じて
プラシーボな毎日を過ごしていますか?
ツイてる、かっこいい、頭がいい、
ナイス笑顔、健康だ、愛されている、
ハッピーエンドが待っている。
「信じるものは救われる」
それとも、自分を苦しめることばかり信じて
ノセボな毎日を過ごしていますか?
ツイてない、ブサイクだ、バカだ。
ウツかも、ダルい、誰も愛してくれない
デッドエンドが待っている。
「信じるものは苦しんでしまう」
ウソか本当かなんて、関係ない。
自分にとってプラスになることなら
どんどんがんばって信じていった方が得だ。